以前、私たちが自信過剰になりがちだという「楽観バイアス」(optimism bias)の話をしました。
そういう心理が進化したということは、なにか「生存と繁殖」に有利な面があるのでしょう。
しかし、ものごとを楽観しすぎると、たとえば「準備不足で危険な場所に乗り込む」「食料が足りなくなる」など、生存に不利なことも多いように思えます。
『脳は楽観的に考える』(斉藤隆央訳、柏書房、2013年)などの著書がある心理学者のシャーロット(Tali Sharot)は、「楽観バイアス」のメリットをいくつか挙げていますが、個人的にはそれほどの説得力を感じません。
私が興味をひかれるのは、生物学者のトリヴァーズ(Robert L. Trivers)が『利己的な遺伝子』の初版(Richard Dawkins, 1976)に寄せた、次のような序文の一節です。
……もし噓というものが、(ドーキンスが言うように)動物のコミュニケーションに基本的に備わったものであれば、必ずや噓を見抜く方向への強い淘汰が働くに違いないし、またこのことが、噓をついていることの自覚からくる微妙なサインによってそれを洩らしてしまわないよう、事実や動機を意識しないようにさせるある程度の自己欺瞞をよしとする方向への淘汰を生むのだろう。したがって、自然淘汰は世界のより正確なイメージを創り出すような神経系に味方するというありきたりの見かたは、心的進化のあまりにもナイーヴな見かただと言わざるをえない。
(リチャード・ドーキンス『利己的な遺伝子 40周年記念版』「初版に寄せられた序文」紀伊國屋書店、2018年、pp.31-32)
トリヴァーズはその後、そういう自己欺瞞のアイデアを『The Folly of Fools』(2011年)という本にまとめました。
日本語訳は出ていないと思いますが、日本語の詳しい書評があります。
自分をよく見せようと、バレないように嘘をつくには、緊張のなかで脳をフル回転させるなど、かなりのエネルギーを要します。
そんな努力をするくらいなら、心から「自分は優れている」と勘違いをするほうが、コストが低いかもしれません。
もしかすると「楽観バイアス」は、自分をよく見せる(異性にモテたり、集団での地位を高める)ための巧妙な戦略なのかもしれません。
なお、楽観バイアスは女性よりも男性で強いことが知られています。
行動経済学者のドーソン(Chris Dawson)は、次のように書いています。
(引用部分は、英語の論文からWindowsのCopilotに翻訳してもらいました)
……さまざまな文脈で男性は女性よりも楽観的であるという証拠が存在しています。たとえば、BjuggrenとElert(2019)は、スウェーデンの経済状況や将来について、男性の方が女性よりも楽観的であると報告しています。さらに、Dawson(2017)は、女性は将来の収入について男性よりも悲観的であると結論づけています。この性別の差は金融分野に限らず、結婚について(Lin&Raghubir、2005)や交通事故のリスク認識についても女性の方が男性よりも悲観的であることが研究で報告されています。個人のコントロール下で直接的な結果についての期待がある場合、楽観主義は自己能力を過大評価する「過信」と関連しているかもしれません。楽観主義と同様に、過信に関する文献は男性の能力を系統的に過大評価し、女性の能力を過小評価していることを強調しています(Frieze et al.、1978; Waldman、1994)。女性が好ましい結果の確率について楽観的でなく、自己能力に対して男性よりも自信がない場合、彼女たちは自然に特定のギャンブルをよりリスキーだと評価するでしょう。楽観主義、性別、リスク志向の関係についての直接的な証拠は限られています。Jacobsenら(2014)は、女性が経済や株式市場に関連する問題について男性よりも悲観的であり、この違いが女性が株式に少なく投資する理由であると報告しています。さらに、Feltonら(2003)は、楽観的な男性の選択が主な要因であるため、男性は女性よりもリスキーな投資を行っていることを示しています。
https://bpspsychub.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/bjop.12668
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