前回紹介しましたが、新田次郎さんの小説『八甲田山 死の彷徨』のモチーフになった悲劇は、観測史上最大の寒波のなかで起りました。
そんな日に、たまたま条件の悪い場所にいたことが、遭難に至った最大の原因なのかもしれません。
「後知恵バイアス」(hindsight bias)という心理があります。
「結果がわかると、それを最初から予測できたように感じてしまう」「結果論で考えてしまう」ということです。
一方が生還し、もう一方が遭難したと聞くと、私たちはつい「生還した連隊は優れていて、遭難した連隊には問題があったのではないか」と考え、「犯人探し」をはじめます。
しかし、両者のおかれた状況にはさまざまな違いがあります。
何がどれくらい遭難に影響したか、切り分けるのは難しいはずです。
さまざまな推測はできますが、それは結局のところ、人それぞれの主観的な解釈ではないでしょうか。
2002年にノーベル経済学賞をとった心理学者のカーネマンは、次のように言います。
……私たちは自分の周りのさまざまな出来事を解明しようと絶えず試みており、そこから必然的に講釈の誤りが生まれる。私たちが納得できる説明やストーリーは、とにかく単純である。抽象的でなく具体的である。偶然よりも才能や愚かさや意志で説明したがる。そして起こらなかった無数の事象よりも、たまたま起きた衝撃的な事象に注意を向ける。最近起きた目立つ出来事は、因果関係をでっちあげる後講釈の題材になりやすい。……
……実際にことが起きてから、それに合わせて過去の自分の考えを修正する傾向は、強力な認知的錯覚を生む。
後知恵バイアスは、意思決定者の評価に致命的な影響を与える。評価をする側は、決定にいたるまでのプロセスが適切だったかどうかではなく、結果がよかったか悪かったかで決定の質を判断することになるからだ。……このような「結果バイアス(outcome bias)」が入り込むと、意思決定を適切に評価すること、すなわち決定を下した時点でそれは妥当だったのか、という視点から評価することはほとんど不可能になってしまう。
……私たちは、決定自体はよかったのに実行がまずかった場合でも、意思決定者を非難しがちである。……結果が悪いと、ちゃんと前兆があったのになぜ気づかなかったのか、とお客は彼らを責める。その前兆なるものは、事後になって初めて見える代物であることを忘れているのだ。
……自分の決定が後知恵で詮索されやすいと承知している意思決定者は、お役所的なやり方に走りがちになり、リスクをとることをひどくいやがるようになる。……
後知恵バイアスや結果バイアスは、全体としてリスク回避を助長する一方で、無責任なリスク追求者に不当な見返りをもたらす。たとえば、無茶なギャンブルに出て勝利する将軍や起業家などがそうだ。たまたま幸運に恵まれたリーダーは、大きすぎるリスクをとったことに対して罰を受けずに終わる。それどころか、成功を探り当てる嗅覚と先見の持ち主だと評価される。その一方で、彼らに懐疑的だった思慮分別のある人たちは、後知恵からすると、凡庸で臆病で病気ということになる。かくして一握りの幸運なギャンブラーは、大胆な行動と先見性のハロー効果によって、「勇気あるリーダー」という称号を手に入れるのである。
(ダニエル・カーネマン著、村井章子訳『ファスト&スロー(上) あなたの意思はどのように決まるか?』(早川書房、2014 年)、第 19 章「わかったつもり―後知恵とハロー効果」)
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