前回は、相対的な比較に惑わされる対比効果の話をしました。
なぜ、そういうことが起こるのでしょうか。
現代の私たちは、「気温は32℃」「身長は165cm」「100m走のタイムは14秒」など、測定器を使って絶対的な数値を測ります。
しかし、そういうことができるようになったのは、人類の長い歴史のなかで、ごく最近のことです。
ヒトの心が適応してきた狩猟・採集時代には、「昨日より暑い」「友人より背が低い」「友人より足が速い」など、なにごとも参照点(基準になる比較対象)との対比で判断するしかなかったはずです。
「絶対値」のない環境で進化した私たちの心は、ものごとを相対的にとらえるようにできているのかもしれません。
前回紹介した「大きさ」や「色」のほかにも、いろいろな感覚(五感)で対比効果は起こります。
たとえば、おしるこやスイカに「かくし味」として少量の塩を加えることがあります。
そうすると対比効果で、甘味がいっそう引き立つのです。(*1)
「交響曲の父」と呼ばれるハイドンには、「びっくり交響曲」(交響曲第94番『驚愕』)という作品があります。
その第2楽章の冒頭、静かなメロディーの後に、突如として大音量が響き渡ります。
この音の対比に、聴衆はびっくりするのです。
居眠りをする聴衆の目を覚ますように仕掛けた、ハイドンのいたずらだといわれます。
スーパーで野菜を束ねているテープが紫色であることに、お気づきでしょうか。
紫色は、黄緑色を際立たせる「補色」(complementary color、コントラストの強い配色)です。
色の対比効果で、野菜の緑を明るく鮮やかに見せているのでしょう。
心理学者のカーネマン(Daniel Kahneman、2002年にノーベル経済学賞)は、次のように言います。
……参照点に左右されることは、感覚や知覚ではきわめて当たり前のことだ。同じ声でも、それまでが囁きだったか怒鳴り声だったかによって、ひどくうるさく感じることもあれば、小さく感じることもある。うるささの主観的な感じ方を予測するためには、音のエネルギーの絶対値がわかっているだけでは不十分で、自動的な比較の基準となるもとの音の大きさを知っておく必要がある。同じように、紙の上に置かれた灰色の紙片が暗く見えるか明るく見えるかは、背景色を知らなければ答えられない。富の効用にしても、まったく同じである。(*2)
また、行動経済学者のセイラー(Richard H. Thaler、2017年にノーベル経済学賞)は、次のように言います。
……人は人生を状態ではなく、変化で考える。人は変化には敏感に反応するが、同じ状態が続くと反応しなくなる。現状からの変更でも、予想されていたことからの変化でも、それがどのような変化だろうと、私たちは変化に反応してしあわせを感じたり、みじめになったりする。(*3)
*1 浜島教子「基本的四味の相互関係について」『調理科学』8-3(1975 年)pp.132-136、pp.133-134
*2 ダニエル・カーネマン著、村井章子訳『ファスト & スロー(下) あなたの意思はどのように決まるか?』(早川書房、2014 年)、第 25 章「ベルヌーイの誤り―効用は「参照点」からの変化に左右される」
*3 リチャード・セイラー著、遠藤真美訳『行動経済学の逆襲』(早川書房、2016 年)、第4章「カーネマンの「価値理論」という衝撃」
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