(経営学者)佐藤 耕紀 のブログ

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時は金なり?(14)行動経済学の「速い思考」と「遅い思考」

前回の続きですが、「なぜ私たちの脳は、文章よりも動画を理解しやすいのか」を、行動経済学の観点から考えてみましょう。

 

心理学者のカーネマン(Daniel Kahneman、2002年にノーベル経済学賞)は、2012年に『Thinking, Fast and Slow』(『ファスト&スロー』早川書房、2014年)という本を出しました。

本のタイトルは「速い思考」と「遅い思考」という意味です。

「速い思考」は「システム1」(system 1)、「遅い思考」は「システム2」(system 2)とも呼ばれています。

 

人間に特有の「遅い思考」

「遅い思考」は、おそらく人間に特有です。

意識的に注意を集中しなければならない、動物としては不自然な(疲れる)思考です。

「論理的」「分析的」ともいえるでしょう。

たとえば、科学者が実験データを分析して、論文にまとめるような思考です。

緻密さや正確さが要求され、時間もかかります。

「勉強が好きだ」という人は、あまりいないでしょう。

「遅い思考」では脳に負荷がかかり、苦痛やストレスを感じます。

だからこそ、それを得意とする人には希少価値があります。

大企業や官公庁が、有名大学を出た「秀才」を採用したがるのは、科学的・論理的な思考をできる、希少な人材を求めているのでしょう。

 

動物と共通する「速い思考」

「速い思考」は、おそらくほかの動物とも共通するところの多い、無意識(自動)の思考です。

「直感的」「本能的」ともいえます。

 

カーネマンは、次のように言います。

 

    印象や考えのほとんどは、どこから出てきたのかわからないままに、意識経験の中に浮かび上がってくる……電話に出た瞬間に妻(または夫)が怒っていることをなぜ察知できたのか。運転中、路上の障害物をはっきり認める前にどうやって回避できたのか―あなたは説明できないだろう。

    印象や直感、そして多くの決定を生み出す知的作業は、頭の中でひっそりと進められている。

(前掲『ファスト&スロー(上)』、序論)

 

「速い思考」は、大まかな判断を、瞬時に行います。詳細を省いた、ショートカット(近道)の思考ともいえます。

不正確という欠点はありますが、スピードが速いという利点もあります。

私たちの祖先が獲物をつかまえるとき、一瞬の判断ですばやく動かなければ、逃げられてしまうでしょう。

敵や捕食者に襲われたときも、考える前に動かなければ、殺されてしまうでしょう。

 

動物は、前回お話しした「認知の節約」をしつつ、次々とすばやい判断をしなければ、生きていくことができません。

「速い思考」はおそらく、決定の「費用」(時間やエネルギー)と「効果」(正確さ)のバランス(費用対効果)が最適になるように進化した、効率的な決定方法なのでしょう。

 

意思決定には、「正確さ」と「スピード」トレード・オフ(二律背反)があります。

どんなに正確な判断でも、遅すぎれば意味がないこともあるのです。

 

冒頭の疑問に戻ると、文章は「遅い思考」で処理されるために面倒で時間がかかり、動画は自然な「速い思考」で処理されるので、速く楽に理解できるのでしょう。

 

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