「推敲」という言葉があります。
Googleで検索すると、いちばん上に出てきたのは「詩や文章をよくしようと何度も考え、作り直して、苦心すること」という意味でした。
村上春樹さんの『職業としての小説家』(新潮社、2016年)に、次のようなくだりがあります(pp.167-168)。
何度くらい書き直すのか? そう言われても正確な回数まではわかりません。原稿の段階でもう数え切れないくらい書き直しますし、出版社に渡してゲラになってからも、相手がうんざりするくらい何度もゲラを出してもらいます。ゲラを真っ黒にして送り返し、新しく送られてきたゲラをまた真っ黒にするという繰り返しです。前にも言ったように、これは根気のいる作業ですが、僕にとってはさして苦痛ではありません。同じ文章を何度も読み返して響きを確かめたり、言葉の順番を入れ替えたり、些細な表現を変更したり、そういう「とんかち仕事」が僕は根っから好きなのです。ゲラが真っ黒になり、机に並べた十本ほどのHBの鉛筆がどんどん短くなっていくのを目にすることに、大きな喜びを感じます。なぜかはわからないけど、僕にとってはそういうことが面白くてしょうがないのです。いつまでやっていてもちっとも飽きません。
僕の敬愛する作家、レイモンド・カーヴァーもそういう「とんかち仕事」が好きな作家の一人でした。彼は他の作家の言葉を引用するかたちで、こう書いています。「ひとつの短編小説を書いて、それをじっくりと読み直し、コンマをいくつか取り去り、それからもう一度読み直して、前と同じ場所にまたコンマを置くとき、その短編小説が完成したことを私は知るのだ」と。その気持は僕にもとてもよくわかります。同じようなことを、僕自身何度も経験しているからです。このあたりが限度だ。これ以上書き直すと、かえってまずいことになるかもしれない、という微妙なポイントがあります。彼はコンマの出し入れを例にとって、そのポイントを的確に示唆しているわけです。
私も、「読み直して修正して、次に読んだときに同じところを元に戻して、もういちど読み直して最初と同じように修正して……」ということがよくあります。多くの文筆家が、これをやっているのではないでしょうか。
村上さんのような大家でも、そういう作業を繰り返しているのを知って、自分のなかで「推敲」のとらえ方が大きく変わりました。
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