今回は著書の第6章から、6-3の内容を紹介します。
「囚人のジレンマ」という言葉は参加者が2人のときにつかわれ、3人以上になると「社会的ジレンマ」(social dilemma)と呼ばれます。
ネズミの社会で、「ネコの首に鈴をつける」相談をしているとしましょう。
鈴をつけることができれば、ネコの動きがわかるので、食べられるネズミの数は減ります。ネズミ社会にとっては望ましい話です。
しかし「総論賛成、各論反対」という言葉がありますが、ネズミ社会でもそうなってしまいます。みんな「誰かがネコに鈴をつければいい」ということには賛成なのですが、「自分はやりたくない」と言うのです。個々のネズミの利害からいえば、自分が殺される危険をおかして鈴をつけにいくのは嫌なのです。
「共有地の悲劇」(tragedy of the commons)として有名な問題もあります。
羊飼いたちが、共有の牧草地で羊を放牧します。羊が牧草を食べ尽くすと、草地は荒廃します。社会全体の利益からいえば、羊飼いたちが自制心をもって、牧草地を守ることが大切です。
しかし個々の羊飼いの利害で考えると、みんな自分の羊にだけはたくさん食べさせたいと思います。そうすると牧草地は荒れて、結局みんなが損をします。「囚人のジレンマ」と同じ状況です。
漁業も同じです。水産資源の枯渇を防ぐためには、どの漁師も節度をもって、魚を獲りすぎないようにするべきでしょう。しかし、個々の漁師の損得でいえば、みんな自分だけは魚をたくさん獲りたいと思います。
自己成就する予言
東日本大震災のときもそうでしたが、「新型コロナ」でも、一部の商品が買い占められて店頭から消えました。本当に商品の供給が減ることもあるのですが、たいていは人々が必要以上に不安になり、普段よりもはるかに多くの商品を買うことで品不足が起こります。
この問題の難しいところは、そのことを理解している人でも、買い占め競争に加わらざるを得ないことです。多くの人たちが品不足になると信じて買い占めをすると、たとえその予想が的外れでも、彼らの行動によって本当に品不足が起こります。そうした現象を「自己成就する予言」(self-fulfilling prophecy、自らを実現させる予言)といいます。
自己成就する予言の例として、銀行の「取り付け騒ぎ」が有名です。「金融機関が倒産するのではないかという不安から、早く預金を引き出してしまおうと、大勢の人が銀行へ押しかける」ことをいいます。
1927年に「昭和金融恐慌」という事件がありました。当時の大蔵大臣(今でいう財務大臣)だった片岡直温が誤って、「東京渡辺銀行が破綻」と発言したそうです。それをきっかけとして金融不安が起こり、取り付け騒ぎが始まりました。
多くの銀行が休業を余儀なくされて、当時の若槻内閣は総辞職に追い込まれました。新たに蔵相となった高橋是清が事態を収拾するまで、大変な混乱が続きました[1]。人々の誤った思い込みが、本当になってしまうこともあるのです。
「バブル経済」(bubble economy)もそうです。土地や家や株の値段がこれから上がっていくと人々が思うと、みんなそれを買おうとします。いま買って、値上がりしてから売れば儲かるからです。
買う人が多いと、供給に対して需要が多くなるので、価格は実際に上がります。人々がそう思い込んで行動するだけで、本当に価格がどんどん上がっていくのです。
株式評論家が「バブルには早めに乗って、早めに逃げるのがいい」と解説しているのを聞いたことがあります。バブルだとわかっていて、あえて参加する人もいるのです。ただし、バブルが崩壊するタイミングは、誰にもわかりません。
[1] 坪井賢一「昭和金融恐慌で高橋是清が危機を処理した44日間(1927年)」DIAMOND Online、2012年1月27日、https://diamond.jp/articles/-/15881
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